2016年1月10日

Lost in translation

Sofia Coppolaによる2003年のちょっと古い映画。Netflixで鑑賞。

「響」のCM撮影のため東京滞在中の映画俳優と、カメラマンの旦那に付いて同じく東京滞在中の新妻の話。

見る立場によって解釈が完全に変わりそうな非常に興味深い映画。細かい展開にかなり違和感(安っぽい映画感)を感じたけど、ストーリーとしては非常に面白かった。funnyという点でもネタがいろいろあったし。。lipとripのネタとか。。。(どう日本語訳したのか興味あり)

海外在住の日本人の一人としては、日本に来る外国人の気持ちがそれなりに分かる一方で、いわゆるステレオタイプ的な日本をピックアップし過ぎで、もう少し日本の良い面を描く演出があっても良かったかな、とちょっと複雑な気分に。

日本滞在経験のある外国人は、うんうん、あるある、と頷きながら大ウケするんだろうなぁ、と想像するとちょっと腹が立たないでもない。。。

けど、もし日本に短期でも滞在する予定の人がいたら、ぜひこの映画を薦めてみたいし、日本を外から見るとこうも見える、ということに気づいてもらう意味で日本人にも(cautiously)薦めてみたい映画。

逆バージョンで、日本人が日本以外の国の文化・慣習の異質性に違和感を感じまくる日本映画を作ると良い憂さ晴らしになるかも。仮に言葉がわかる英語圏でもたくさんネタはありそうだし。。。

ようは、この映画は、異国文化を受け入れられない二人を描いたロマンス・コメディ。

1 コメント:

匿名 さんのコメント...

Lost in translationは、異文化を受け入られない二人を描いたのではなく「人生」という物語の中で道に迷ってしまった二人のプラトニックな交流を描いた映画なのではないかな。長い人生の中で、恋人や結婚相手との関係性に不安を覚えることは、誰でもあるでしょ?そして、異文化の中にそういう状況の人が放り出されて、より明瞭に問題が浮き彫りになるような体験はありませんか?

この映画の舞台は、たまたま日本で、でも、日本でなくても、中国でも、韓国でも、英語圏の国以外の異国情緒漂う場所であればどこでも良かったんだと思う。しかし、スタイリッシュで、かつ刺激的な風景として東京が選ばれたのじゃないかな。だから、むしろ分かりやすい風景画としてステレオタイプ的に、日本という国を描き出す必要があったのでは?
多分、SHUZOさんとも同世代のソフィア・コッポラ独特の空気を描き出しているような映像美や、丁寧に描かれた、主人公たちのやるせない思いに共感を覚える映画の一つです。
SHUZOさんが、個人的に映画の中での日本の描き方に傷つくのは、少しわかる気もするけど、同時に、どうして受け流さないのかな?と不思議にも思います。SHUZOさんは、日本という国を選んで生まれてきましたか?国というものに対して、懐疑的になることはありませんか?