それはともかく、日本人がノーベル賞を取るとホントに鼓舞される。
せっかくなので、今回の受賞から僕は何を学ぶべきか?ちょっと考えて、後半、雑感的なことも少し。
まずはYahooニュースを中心にひろったquote集から。
下村博士
「研究は、やり始めたらやり遂げることが大事。難しいからといって、最初からあきらめてはいけない」。
「基礎知識の進歩がなくては応用面の画期的発展は望めない。発光機構解明のような基礎面の研究者がもっと現れるのを切望してやまない」
益川博士
「風呂から上がった瞬間に、ふっと頭に浮かんだ。」
「自然には理由がある」
小林博士
「ぼーっとしながら(思考を)反芻(はんすう)しているときに思いつく」
南部博士
「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆うし」(論語より)
「研究は汗と不満と甘い夢でなり立っている」
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これらのquoteや一連の記事などを読みながら思ったこと。
1.重要なら、とにかくやれ、続けろ、執念を燃やせ
自分が重要な問題だと思うなら、ゴチャゴチャネガティブファクターを考えて諦めるのではなく、とにかく始める。
そして、テクニカルな問題に直面しても、重要だと思うなら、その壁を何とかクリアできるように努力を続ける。
ネコの手を借りてでもクリアするくらいの執念を見せる。
とにかく四六時中研究に集中する。
2.周りのネガティブコメントは無視しろ
何かプロジェクトをスタートする時、周りが賛成しないことがある。けど、そんなことは無視してでも自分のやりたいことを貫かねばならない。ボスの言うことは無視!(すべて無視すると痛い目にあうだろうから、ケースバイケースで、ということか。)
逆のポジティブコメントでもそうかもしれない。
例えば、テーマを考える時、周りの人たちがやっているから、というポジティブ要因に引きづられることがある。それではホントに独創的なことはできない。そういう意味でのポジティブコメントも無視しないといけない。
研究では文脈付けは大事なわけだけども、もちろんその文脈を踏まえた上での創造というものをやらないといけない。
それから、疑うことの大事さ、を改めて感じた。1とも絡むけど、とにかく自分を信じて突き進む、という姿勢が大事なのだろう。
3.pricelessなモノの価値を肝に銘じろ
薬、治療法を見つけて金儲け、なんてことよりも、ホントに新しい価値を生み出すもののきっかけはpricelessで、人から馬鹿にされるようなもの。そういうものを創造あるいは見つけないといけない。
そして、何か見つけたら、無駄に特許をとるとか馬鹿げたことをせずに、研究者コミュニティーに使ってもらえるようにオープンにしておく。priceをつけるのは、違う価値観を持った人にやってもらえばよい。
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次に、雑感。
特に日本とアメリカの違いについて、僕が感じたこと。
1.日米のマスコミ
まずサイエンス部門のノーベル賞記事のリンク(NY Times)をはってみる。
生理学・医学賞(日本語だから医学生理学賞と書くべきか??)
物理学賞
化学賞
日本とアメリカのメディアの違いは、
・バイアス
・科学リテラシー
・ノーベル賞主義
という感じか。
今回、アメリカ人ももちろん受賞しているのに、NY Timesの記事は、日本のような「日本人バイアス」のないクールな記事だった。
受賞からもれた人の偉大な功績、どういう流れで受賞につながったかなどを知ることが出来て良い(化学賞の写真でBrainbowを使うなんてステキ。日本のメディアでこういう関連付けができる記者はいるのだろうか?)。
という感じで、温度差が非常にある。
もちろん、アメリカは今、ノーベル賞どころではないわけだけども(日本もそうは変わらないとは思うのだが。。。)、昨年もクールに扱っていたと思う。
というより、最近少し話題になったgenuis賞、他にもラスカー賞や飯島博士が最初の受賞者となったKavli賞のことなど、科学関連の賞はそれなりのスペースを割いて常に記事を書いてくれている。
NatureやScienceなどに載った論文の比較的詳しい記事も頻繁に掲載される。
日本では、ノーベル賞以外の科学賞や一つの論文が、紙面の半分を割くなんてことはこれまで見たことがない。(実際はあるのだろうけども、主張を強くするために「ない」と書いてみる)
もちろん、アメリカでもノーベル賞の扱いは特別ではあるけれど、日本ほど他の賞との差別化は少ない。
このあたり、マスコミのサイエンスに対するリテラシーの違いを感じてしまう。自分たちで将来のノーベル賞受賞者を発掘、あるいは育てる、といった観点が感じられない。このあたりは国民にも反映されるだろう。
(といっても、アメリカは多様だから、リテラシーうんぬんを言うのははばかれる人たちも大勢いたりもする。。。その意味では、日本は正規分布的で良い?だからこそ、少しの努力で、日本全体の科学リテラシーを一気に上げられるのではないかという期待もあるわけだけども)
2.アメリカでの研究
南部博士、下村博士がなぜアメリカを生涯の研究場所として選んだのか、そのコメントをウェブ上で見つけることはまだできていない。僕としてはそのコメントをぜひとも聞いてみたい。これは利根川先生にもあてはまる。
なぜ日本ではなくアメリカか?
頭脳流出を危惧する野依博士の冷静なコメントはさすがだと思ったけども、では具体的にどういう考えをお持ちなのか、そのあたりはメディアを通して全く伝わってこない。おそらく、野依博士が何かコメントされたとしても、それはメディアのフィルターにかけられて、外には出てこないのだろう。
しかし、これは日本のことを考えると問題のようにも思える。
ひょっとしたら、数十年後の日本人ノーベル賞受賞者がアメリカで大学院生をしていたり、ポスドクをしていたり、ラボを持っていたりするかもしれない。
そういう人たちを振りかえらせるだけの魅力的なことを実行できるのか。
むしろ、今回の受賞はさらなる「流出」につながるだろう。
これだけインターネットで海外の情報が簡単に入手できるようになって、研究留学のための情報もたくさん手に入る。やる気のある優秀な人はどんどん海外で挑戦しよう、という気を後押しする環境はすでに完備されている。
それを食い止めたいなら、そういう政策を上の人たちが考えられるのだろうか。できなければ、喜べないノーベル賞受賞の年に、結果的になるやもしれない。
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